学校の労働環境が見直されようとしています。

非常に喜ばしいことではありますが、同時に教員定数の削減など理解のできない意見もあるようです。

本日は部活動指導に焦点を当てて自分の考えを紹介したいと思います。



部活動指導が校務なのかなどについては他で色々と議論が行われているため、そちらに譲りたいと思います。

私は自分の体験を通じて考えたこと、思ったことに限定してここではお伝えしたいと思います。

あくまで空想上の人間からの意見ですので、参考までにそんな考えの人もいるんだぁくらいに受け止めてもらえると嬉しいです。



さて、部活動ですが、放課後の時間帯に2~3時間、そして土日などの休業日に半日から1日行うことが多いです。

週に1度は休養日を設定し、朝練や昼連を行う部活動は通常の公立高校では一部である印象です。

どの学校にもその競技が専門であり、自身もその競技の体験がある先生が一定数います。

しかし同時に専門性も全くなく、教員になって初めてその競技と関わった教員が顧問を引き受けるケースが半数以上あります。

私自身も卓球部とサッカー部、そしてバレーボール部の顧問を行ってきましたが、卓球は小学生の時に児童館でたまにやっていたレベル、サッカーは幼少期に地域のサッカーチームでちょっとかじった程度、バレーボールに至っては幼少期に母の数回ママさんバレーの付き添ったことと、学生時代に仲良くしていた子が社会人チームでバレーをやっていたのでその練習や試合にたまに付き添う程度の経験で顧問を引き受けてきました。

唯一きちんと指導に関わったのはサッカー部でしたが、それでも自分の経験の無さと生徒のレベルの高さからどんどん精神面などのサポートにシフトしていきました。

その具体的体験については過去の記事をお読みください。

このように専門性もなく、経験さえない教員が顧問として、まるで監督のような仕事をさせられる現実がどこの学校でも起こっています。

多くの先生方は必死にその競技を勉強され、自身でもその競技を始め、多くの時間をかけてその競技について詳しくなろうと努力しています。

私は途中で諦め、生徒中心の活動に切り替えましたが、多くの先生はそのように努力されて少しずつ指導者としての質を高めていっています。

同時に、その競技の経験があり、指導を行いたいと思っている人材は地域に大勢いらっしゃいます。

経験もなく知識もない教員が一生懸命プライベートの時間に学び経験している一方で、経験も知識も十分で意欲もある人材が指導に関われない状況が非常に非効率だと思います。

もちろん部活動を通じた教育の側面も多くあるため、すべてを外部の経験された人材にお任せする必要はありません。

技術の指導などをそのような方々にお願いする一方で、人間関係など教育的な側面を教員が指導者と連携して行うようにすることで、より良い指導環境が整うのではないかと思います。




時間的な側面もとても厳しいのが部活動です。

例えば8:30から授業が始まる学校の場合、15時頃に授業が終わります。

勤務時間は17時までに設定されることが多いため、勤務時間内に業務を終わらせることを重視すると、部活動の活動時間は16時50分頃までになってしまいます。

15時に授業が終了し、HRや掃除などを行うと生徒が解放される時間は早くて15時半頃です。

それから着替えを行い、環境を整備し活動を開始、アップなどを行ってから練習を行うと実質的な練習時間は1時間を切ってしまいます。

そのため多くの学校では延長活動等を行い、教員は当然その時間帯は無給で残業を行わざるを得ません。

また、教員は授業以外の時間がかなり限られております。

ほぼ毎日部活動の指導を行っている教員は放課後の時間のほとんどが部活動にあてられてしまいます。

授業準備、学級運営、校務分掌の業務などを行うとなると必然的に部活動後にその業務にあたることになります。

19時ころ部活動から解放され、それからこれらの業務を行うとなると、退勤時間が21時や22時になってしまうことも納得いただけると思います。

高校教員の多くは週に18時間程度授業を行います。

担任などのを行っていると総合的な学習の時間、ロングホームルームなどで週に3時間追加され21時間です。

校務分掌の会議、学年の会議を授業時間内に設定されるとそれでプラス2時間、合計23時間になります。

1週間に5日×6時間で30時間あると計算すると、空き時間は30-23で7時間になってしまいます。

この7時間だけで授業準備から学級経営、分掌の仕事を終わらせるのは不可能なレベルであり、結果的に部活動後の時間がどんどん伸びていってしまいます。

ましてや部活動の指導を一生懸命行うとなると、練習メニューを作成したり生徒の練習ノートにコメントをしたり、選手登録や大会申し込み、物品購入など指導以外の仕事も発生します。

週に40時間の勤務時間のはずが、毎日の部活動関連の時間が3時間×4=12時間+土日の練習や練習試合10時間で22時間程度部活動に時間を割くことになります。

このような状況で質の高い授業準備など行えるはずがないことは想像していただけると思います。

特に若手の教員ほど部活動は一生懸命頑張ります。

授業やその他の仕事も覚えなければいけないことがいっぱいのなか、部活動も頑張り、プライベートなど皆無な先生はたくさん見てきました。



できないのなら、減らせば良いという考え方もあるでしょう。

私は基本的にはそのやり方で、自分が顧問を引き受ける条件として自分の指導方法や指導時間を提示します。

それに納得でできないのであれば、他の先生に顧問をお願いしなさい、といったんどん底に生徒を落とします。

その上で、部活動をやらせてもらっている、そのために教員が協力しているのだという意識を持たせます。

幸いこれまで大きな衝突もなく自分自身は運営してこれましたが、他の先生で同様に練習時間等を制限したところ、保護者どころか地元の権力者が学校に圧力をかけてきたこともありました。

管理職はすぐにその先生を指導し、結果的にその先生は大量の残業と休日出勤を事実上しなければいけなくなっていました。

とても理不尽な対応であり、到底納得できない事態でしたが、数年前の出来事であり、まだ教員の勤務条件について議論がされていなかったため、受け入れざるを得なかったようです。

保護者レベルでのクレームは日常茶飯事であり、生徒の成長のための部活動から視点がずれ、勝利をただ追い求めている保護者や生徒、そして教員もとても多い気がします。




顧問に関しては、それぞれの教員の事情に配慮をした割り振りを行います。

小さなお子様がいる女性の先生は活動が限定的な文化部に割り当てられるか、ガンガンやられる専門の先生がいる部活動の副顧問など、事実上顧問をしていない状態にします。

しかし、この女性の先生方は、お子様が大きくなられ、極端な話自立して家から出た後も顧問に復帰されないケースが非常に多いです。

小さな子供がいようと男性教員にはそのような配慮はされません。

若手の男女教員などはまったく配慮の気配さえありません。

このような仕事の偏りが、その他の分掌の仕事などでも同様に起こり、仕事の圧倒的偏りが発生するのが学校現場の特徴です。




ブラックな職場を変えるためには、仕事の均等化と、絶対量の減少が不可欠です。

部活動はそのような意味では絶対量を減らす大きなチャンスです。

外部指導員などに責任を持たせ、希望者以外の教員の業務から外すことで相当な業務量軽減になります。

大量退職、大量の団塊の世代の方々の再雇用にも良いと思います。

ハードルは本当に多いと思いますが、部活動を教員から外せると、教育の質は間違いなくアップすると個人的には思います。

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by shun-sensei | 2017-12-23 09:02 | 学校はブラックな職場か | Trackback | Comments(0)

学校現場の労働環境が世の中にも知られるようになりました。

学校現場をブラックな職場と呼ぶ報道等も多数見受けられました。

最近都立高校では退勤時間を記録するようになったそうです。

おそらくこの後の展開ですが、教員の労働時間についても管理職の評価項目に加えられます。

その結果、無茶な退勤を強いるようなシステムが校内に取り入れられるようになり(もちろん管理職は皆さんを守るため、という言い方をするでしょう)、その結果仕事を学校外で行う先生がさらに増えるでしょう。

授業準備等学校外でできることも多いですが、個人情報等の持ち出し等による事故が増えないことを願うばかりです。

しかしながら教育委員会等の何かが起きてから突然研修を行ったり全く意味のない報告書等を作成させたり、「我々はちゃんと対応していますよ」という証拠作りだけが目的な対応が懐かしいです。

その学校での指令としては、過労死ラインの週60時間を切ることを目標にされているそうです。

その学校では勤務時間は8時半からなので、20時半には帰宅しましょうキャンペーンが行われているとか。

目標値が過労死ラインギリギリというのが何とも言い難いですが、これはさすがに現実を考慮してくださったといったところでしょうか。

ところでその学校の先生によると、業務量は相変わらずの強烈な2極化で、仕事ばかりの先生方が半分弱、毎日定時で出勤退勤されている先生方は半分強のアンバランス状況だそうです。



まず一番初めに行うべきことは業務量の確認と、その分散化を行うことです。

不要な業務は精選し厳選し、削減の視点も大切にします。

その上で、きちんと分配することで、過労死ラインの先生は激減するはずです。

しかし、ここにも落とし穴があり、その結果仕事が増える先生は、周りの仕事が減った先生に一から百まで聞いて仕事を行い始めます。

パソコンはできないから、とちょっとネットで調べればわかることを聞いたり、何だかんだと結局いつもの仕事の偏り状態になることもよくある話です。

自分の割り当てられた授業と自分に割り当てられた業務以外には一切見て見ぬふりをすれば良いと思われるかもしれませんが、聞いてくる側の先生は結構本気でその仕事を押し付けようとされるので、こればかりは工夫が必要でしょう。

特に大きいのがパソコン問題、続けて受験の制度や知識、その次がその教科科目の内容という印象です。

実際に聞いて共有し、対応を検討した方が良い生活指導方法の問題などはもちろんここでは省いていますが、ここでも他人頼りの先生とそうでない先生の大きな差が生じます。

自分がその生徒の担当者だ、という意識を持ち、正面から生徒と向かい合いながら相談してくる先生がいる一方で、問題が発生している時点でもう逃げだしたい感が全面的に出る先生もいらっしゃいます。

教員という人種の一部(特に学生時代から教員を目指していた方に多い)には、学生時代等に指導をされた経験(怒られた経験)がない方が一定数いらっしゃいます。

何か問題が発生すると、とにかく心配になられてしまい、できたら指導を投げ出したいという雰囲気になられる方が特に最近の若手では多い気がします。

このような先生の周りにいる先生は面談に同席し、指導に同席し、さらにその先生の指導を行うため、その先生よりも業務量が多くなってしまいますが、目の前の生徒の指導が最優先のため、この際仕方ないのでしょう。



しかしこのように、様々な業務量が一部の先生に集中する学校現場の様子が段々と見えてきます。

この数年気が付くと中堅教員として若い先生の指導を行うことも増え、同時にベテランの先生のパソコン面のフォローを行っているとなかなか自分の仕事がはかどらず、どんどん帰宅時間が遅くなることがあります。

若手の先生は今後の未来もありますし、何より一生懸命に頑張っておられると育て甲斐もある反面、ドライな先生もずいぶん多いなと最近思わされます。

そのようなドライな先生にばかり問題が発生するのもある意味必然なのかもしれません。

生徒は本当に面白いくらい担任の先生の影響を受けます。

本質的な人間性等は各家庭の影響が圧倒的だと実感させられますが、その人間性をどのように社会集団内で出していくかは担任の先生や学年団の影響が圧倒的でしょう。

自分がたった8年間の教員生活で強く実感していることです。

それだからこそ、教員が自分のこだわる仕事を行えるよう、しかしライフワークバランスが大事だからとドライすぎる学年団にならないよう、きちんと学校現場の労働環境については考えていかなければいけないと思います。

一つの記事ですべての現状は表しきれませんが、現段階で思いつく限り書きました。

次回以降テーマを設けて学校現場の労働環境について考察をしたいと思います。

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by shun-sensei | 2017-12-16 08:03 | 学校はブラックな職場か | Trackback | Comments(0)

部活動の指導方針

最近議論が活発なようなので部活動に関する自分自身の考え方を紹介したいと思います。

まず部活動を積極的にやられている先生を見ると素晴らしいなと思います。

本務ではない仕事を生徒のために一生懸命取り組まれる方は素晴らしいと思います。



私自身は部活動というものを生徒側で体験したことがありません。

シーズンごとに町のクラブチームで活動をしていたことはありますが、学校の部活動というものは一切経験がありません。

高校生時代はバンド活動に夢中で、大学のサークルに顔を出したりするような生活でした。

それなので自分自身が部活動を通じて何かを学んだ経験はありませんし、7年間他の部活動の指導を見ていて自分自身にそのような指導ができる自信はありません。



それでは自分が部活動をどのように行っているかというと、生徒主体での練習をバックアップすることを中心に行っています。

こちらが指導を行うのではなく、生徒が自分たちで活動をするためのサポートという感じでしょうか。

大会の申込み、日程の調整、練習試合のセッティング、生徒間のトラブルなどの調整などそれだけでも結構な業務量となってしまいます。

それにさらに練習メニューの作成、実際の指導とそのための勉強、まで行っていては、授業の準備や授業の研究が物理的にできないと思います。

大会で勝ち上がる、試合で勝つ、うまくなる、という視点では10点~20点くらいの指導だと思います。

その競技の専門の方に直接指導を受ける方が断然能力は上がります。

しかし生徒の人間的成長という観点で考えると自分の指導は平均的かなと自負しています。

モチベーションの上がりにくさのコントロール、人を動かすという経験、集団での行動の難しさ、など生徒たちは将来出会うであろう問題に日々直面します。

それを時にはじっくり話し合わせたり、時には突き放したり、時には悪者になったりして、駆け引きをしながら学ばせます。

部活動の顧問を引き受けた教員に対する感謝の気持ち、活動ができる喜び、など、他の部活動の生徒があまり感じていないこと(当たり前だと思っている)を確実に理解した生徒たちになっていきます。



もちろんそれがうまくいかず失敗してしまうことや、部活動が停滞してしまうなど、思った通りにはやりきれていません。

しかし自分はそのようなスタンスで、なるべく時間を節約しながらも、生徒が成長できるような部活動運営を目指しています。



何かあった時の責任は顧問や学校に発生します。

安全管理という名のもと、正直防ぎきれない事故に対しても教員に責任が発生する事案も見かけます。

それを含めて現在の学校の部活動問題は根深く難しいことが山積みだと思いますが、自分は上記のスタンスで日々指導を行っています。
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by shun-sensei | 2017-05-13 11:28 | 学校はブラックな職場か | Trackback | Comments(0)

最近新聞で取り上げられ話題になっているようですね。

全国の中学校教員の6割以上が国が過労死ラインと設定した週60時間以上の労働を行なっているとのことです。

残業代の出ない昔作られたよく分からない手当のシステムや、退勤時刻を把握さえしようとしない点は大問題だと思います。

退勤時刻などを把握してしまったら逆に無茶苦茶な労働状況が明らかになってしまうから誰も動かないのでしょう。

本当に学校現場は激務だと思います。





私自身も現在の職場では週に60時間は軽くオーバーします。

朝7時頃出勤し退勤は21時過ぎの日が週に2〜3回あり、それ以外の日も19時に退勤できたら今日は早いなという印象です。

日曜日は部活動があり、週に1度ある研究日も会議等で出勤せざるを得ない時があります。

何とか週に一度の休暇は取るようにしていますが、その分平日等にしわ寄せがきますし、2-3週間取れない状況も起きます。

それでも現在の私より遥かに厳しい条件で苦しまれている方ばかりだと思います。

本当にお疲れ様です。

今回はそのような状況を踏まえて1つの現場の意見として書きたいと思います。


自分が過労死しそうかと言われると、正直あまりそれを感じません。

周りの先生方を見ていても過労死のような状況に追い込まれている方は滅多に見かけません。

全ての学校現場の話ではありませんし、自分自身が知っているたった二校での体験です。

また今回問題になっているのは中学校や小学校という現場であり、高校とは異なります。

中学校の先生の方が授業時数は多く、教員数の関係や生徒たちの成長度合いの違いから部活動の負担も大きいと思います。

教員数の少なさゆえ、若手の先生に押し付けられてしまう仕事量も多い印象があります(高校の方が人数が多い分分散しているという思います)

休暇を数ヶ月に1日取れたらいいくらいの状況の先生も大勢いるでしょう。

実際都立高校の頃はみなさん8時過ぎに出勤され、18時の時点で職員室は若手の数名の先生と教務主任のみで閑散としていました。

土日も若手の教員と、部活が好きなんだろうなぁという男性の先生方のみでいつも同じメンバーが出勤しているイメージで、多くの先生は週休2日、週の労働時間は40-45時間くらいという理想的な状況でした。

民間でもっと大変な労働条件の方々がいらっしゃることも分かっています。

少しでも労働環境が改善されるようお互い頑張りましょうね。

前置きが長くなりましたが、上記の点を踏まえお読みください。



さて、なぜ過労死するレベルとは自分は感じないか。

それは仕事のこだわり具合を自分でコントロールすることができるからです。

1時間の授業に対する準備は10分で済ませることもできますし、10時間以上かけることもできます。

生徒のノートなどに対するコメントも同様です。

1つ1つ読み込み、よく考えた上でじっくり書くこともできれば、極端な話よく見ずにスタンプだけ押して一冊10秒程度で処理することも可能です。

会議に出す資料もかなり前もって根回しを行い、事前に色々な先生方に見ていただき当日はお読みください、と済ませるだけの準備を行うこともできれば、直前に前年度の資料をちょっと書き換えただけで提出し、会議中にみなさんにあれこれ修正を指示されるような方法も取ることができます(みんなが迷惑なのですが)。

生徒一人一人のことを考え相談にのる先生もいる一方で、なかなか名前も覚えず生徒側も相談に全く来ない先生もいらっしゃいます。

行事の準備等においても、自分の割り当て以外に対しても気を配り手伝う先生もいれば、自分の割り当てだけをギリギリに行おうとして見かねて周りが手伝っているようなケースも多数見受けられます。



このように我々教員の仕事というものは多くの部分が個人のこだわりに委ねられているケースが多いです。

社会人としては失格なレベルの先生も多くいる一方で、人間的に素晴らしい先生もたくさんいます。

それでもどうにかなってしまう現場にも問題がありますが、このように強制的に何かをさせられることが少ない現場だと思います。(民間を経験した立場からするとです)

それなので長時間労働を行なっている先生もあまり苦しみながら歯を食いしばって働いているケースは少ないと思います。

みんな自分自身の仕事に誇りを持ち、自分自身のこだわるレベルで働いています。



そして何よりその仕事を通じて得られるやりがいが何より大きいのだと思います。

ちょっと大げさかもしれませんが、生徒たちの成長を感じることから得られるやりがいは多くの教師から疲れやストレスを取り去ってくれます。

彼らの笑顔、感謝の言葉、彼らのためになっているという自己満足。

仕事そのものが大きな趣味のようになっている先生は本当に多いと思います。

だからと言って現在の状況が良いとも言いませんし、それを保護者や社会から押し付けられると途端に強制労働に感じられてしまうから不思議なものです。



現場として希望が出せるのであれば、直接生徒と向き合う、以外の仕事を減らせるのであればもっともっと良い教育ができて助かるなというのはあります。

教材の印刷などの雑用や誰も見もしないような報告書の作成、一部の不適格教員が原因で行われる服務研修の類が外部に委託されたりなくなればもっともっと良い現場になるとは思います。

ただおそらくどれだけサポートを行ったところで、先生方はその浮いた時間をまた限界までこだわって仕事をされるだけだと思います。

教材研究や授業の準備は無限に行うことができますし、生徒との交流も同様です。




保護者の学校や教員に対する考え方は人それぞれなのでなんとも言えません。

ただ、先日食事中にたまたま聞こえてきた親子の会話がありました。

親が教員の過労死問題を娘に話していたところ、その娘さんが
「先生が過労死するんだったらウチらはとっくに過労死しているよ、家でも宿題とかやらないとなんだから。」
と言いました。

娘に教育をするチャンスだぞと思いながら聞いていましたが、
「まぁねぇ、そうだよなぁ。毎日寝る時間も削って宿題だもんなぁ。それに比べて先生なんて授業準備といっても毎年同じことやるだけなんだからな」
とお父さんがフォローどころかまさかの追撃。

その後親子でその学校の悪口合戦が始まりました。

本音でどう思うかは別にして、子どもが教員を尊敬するような話ができない親は親失格だと思います。

子どもは教員を選べません、変えられません。

それであれば、少しでも子どもが毎日過ごす学校を前向きに捉えられるように諭してあげるのが親の務めではないでしょうか。

本当に子どものため、を考えるのであれば、どんなに納得できない教員であっても子どもがちょっとは信じてみようと思えるように親は演じるべきだと思います。

一緒になって攻撃なんてただ自分の感情に任せて子どもの機嫌取りをしているだけで、教育していないに等しいです。

そして何より宿題は自分のために行う行為であり、それと仕事を同列に語るようではその子の勤労観や学習への態度は歪んだものになるでしょう。

このような親子ではおそらくどんな学校に通っても決して幸せではないだろうなと思いながら自分は同じような親にならないぞと誓いました。


情報化も進み、親の学校や教員に対する見方は考え方は変わってきています。

信じられない発言や発想の親が多いことは事実です。

我々教員にはそのような保護者に対するマネジメントのようなものも求められています。

私は幸い前職の経験で保護者との信頼関係を先手を打って結ぶことの大切さを学んだので、これまで保護者問題で困ったことはありません。

それはもちろん運の問題もあると思います。



管理職も今まで10数名見てきましたが千差万別です。

かなりパワハラ気味の、責任を現場に押し付けることしか考えていない管理職もいれば、責任は取るからやりたいようにやりなさいと後押ししてくださる素晴らしい管理職も共に経験しました。

ひどい管理職の時にたまたまひどい保護者がいた場合であれば、確かに休職して入院しなければならない状況になったかもしれません。

書類の点検やミスのないようにするための点検にばかり時間を割くことになり、ストレスを感じたこともありました。

パソコンの数式が信じられないのか、点検を何重にも行いましたという証拠が欲しいのか、手入力の計算機でパソコンの数式ミスがないかの点検を何度も行うこともあります。

今まで何十回も不一致が起きましたが100パーセント計算機の押し違いミスです。




このように自分の考えとしては、忙しいから過労死するということはあまり学校現場においてはないと思います。

どちらかというと、管理職や保護者など自分より力を持っている存在に特殊な人がいて、重なった場合に追い込まれる可能性が高いと思います。

部活動は確かに負担なので外部に委託できるのであればどんどん委託してもらえると嬉しいです。

業務の効率化をもっともっと現場としても行わなければいけないと思います。

しかし1番の問題は、管理職の先生方だと思っています。

管理職の責任の取らされ方、変なポイント制により管理職の評価が決まるなど、学校現場が変な制度に振り回されていることがあります。

より良い学校現場をつくるための中央の組織のあり方や評価システムにこそ病休の問題は潜んでいると思います。

長時間労働を行なっている教師自身は意外に元気にやりがいとこだわりを感じながら働いているという現場からの1つの事例報告でした。
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by shun-sensei | 2017-05-06 15:39 | 学校はブラックな職場か | Trackback | Comments(0)

先日心配をさせるようなことを書いてすみませんでした。

しかしずっと心のどこかでつっかえ、感じていたことでした。

時にはかなりの重症と思ってしまうような症状が出たりすることもあり。

でも改めて書くことで客観的に見てみて良かったと思います。



新学期が始まり生徒が学校に戻ってきました。

そしてその生徒たちと今まで以上にコミュニケーションを取るように心がけました。

そうすると今までのモヤモヤが嘘のように前任校の時のような気持になることができています。



振り返ってみると、業務の多さとプライベートの充実のために何より大切な生徒とのコミュニケーションをおろそかにしていたようです。

確かに業務をすべてきちんとこなしながら生徒とのコミュニケーションを十分に取っていたら相当な勤務時間になってしまっていました。

しかし何より大切なものを削ってしまっていたことに自分自身できちんと気が付くことができていなかったのかもしれません。

何の意味の無いような時間でも共に過ごすことが大切。

何の意味の無いような会話でも付き合って共に時間を過ごすことが大切。




自分がこの仕事を選んだ理由。


まず人が好きだから。人と関わる仕事がしたいという大前提。

その中でも教育という世界の中で、自分のような人生を歩んできた人間の存在意義を感じました。

彼らと触れ合う時間が楽しく、仕事とは思えなかった。

彼らの役に立てる、彼らの成長の手助けができる、そんな自己満足を感じられる喜び。




そんな理由で始めたこの仕事。

日常の業務量に追われてばかりでは仕事のやりがいが感じられなくなって当たり前です。



もっともっと彼らと関わろうと思います。

業務をいかに効率化し、キリ良く切り上げるかは今後も課題です。

プライベートの充実も決して犠牲にしてはいけないものです。

しかし何より彼らとの時間をこれからはもっともっと大切にしたいと思います。




ご心配おかけしました。

目が覚めました。良かったです。

楽しみたいと思います。
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by shun-sensei | 2015-09-08 23:13 | 学校はブラックな職場か | Trackback | Comments(0)

仕事に対して無気力

実は6月下旬くらいかこの症状が出ています。

仕事をやる気が出ない。

仕事に行きたくない。

この仕事を面白いと思えない。




夏休みも長めに取って、なるべくリラックスしようと心がけました。

夏休み後に復帰してみて・・・あまり変わっていませんでした。




基本的に自分を追い込まず、頑張らず、あまりに無理そうならすぐに休んでしまう人間なのでご安心ください。

ダメそうならすぐに新しい道を探せばいいや、くらいの楽天的な部分ももっています。







いろいろ振り返ってみたり考えてみて自己分析をしてみたいと思います。




この症状はいつからかというと、実はこの学校に転職してからずっとあるのかもしれません。

昨年度は毎日がとにかく忙しすぎて、忙しさが一つの原因なのかなぁと思い、今年は少し仕事量を減らしたりうまく工夫をしました。

今年度当初はやる気に満ち溢れかけた時期もあったのですが・・・。

すぐにそこからドッと疲れが出たというか、一気に今度は無気力という状態になってしまいました。




その後も研修会に参加したり、そのような場面には積極的に参加をし、やる気が全く起きないということではありません。

各研修会では本当に積極的に明るく楽しんで参加ができています。

ただそれが現在の職場に戻ると、ずーんと重い気持ちになってしまう自分がいます。

あまり周りにはその様子は見せないようにはしています。



原因は何なのでしょう。

自分なりにできる限り客観的に分析した振り返りです。

その原因の一つに現在の仕事のやりがいを感じられていないからだと思います。





それでは自分にとっての仕事のやりがいとは何なのでしょう?



自分の場合以下のような部分がやりがいだったと思います。



1.自分が良い仕事をしているという自負。


これは、自分自身の中で感じる自信のようなものもあれば、周りからの反応や言葉で得られるものもあるのだと思います。

前任校では自分自身が感じる学校内のおかしな部分に対して、様々な反対などがありながらも少数の援護もありそれに向かって先導してあれこれ行う。

また自分自身でも自信をもっていい仕事をしているなという気持ちがとても強くありました。

さらに振り返れば塾講師時代も、合格実績などの部分のみならず、生徒自身や保護者からの感謝の言葉などで同様のことをよく感じられていました。


現在の学校に転職してからは、なんだかそのような部分を感じられる機会が激変したと思います。

スーパー教員軍団の中で、どちらかというと自分の能力不足や業務量不足を恥ずかしく思うことが増えたとも思います。

何か変革を起こそうと思うと、管理職含め周りの先生方のサポートがすぐに得られ、ある意味簡単に次々と実現できてしいます。

反対者はいなくて、どんどん大きな変革が進みました。


授業もかなり高いレベルの指導力が当たり前、生徒の能力は伸ばして当たり前、という集団の中で、しょっちゅう外部からの視察などが来ます。

力を目一杯注いで準備する授業が当たり前という環境の中で、何だか認められているという実感がないのかもしれません。


そしてこれが一番大きいのかもしれませんが、生徒自身の年齢的な部分から、生徒たちからの満足のようなものを感じられる場面が少ない気がします。

恵まれた教育環境のためか、どんなに工夫した授業を行っても彼らは当然のこととして受け取ります。

まだ中学生のためか、教員に対して感謝の気持ちを示したり、大きな心のつながりを求める場面は今のところありません。






2.生徒とのつながり

これは昨年度から2年間中学生を指導しているからという部分が大きいと思います。

でも、塾講師時代は同じ中学生でも、学校の先生には話せないんだけど・・・という感じでとても深い家庭問題まで含めて悩み相談を受けて、かなりの心のつながりを実感する機会がありました。

前任校の高校生たちも本当によく相談などに来てくれて、彼らの力になれているという実感が強くもつことができました。

現在の生徒たちとは若干のつながりを感じる機会はありますが、やはりとても遠い存在のように感じます。

我々は彼らを管理し、取り締まる側、という感じで、彼らは我々から隠れて何かを行ったり我々のいないところでの会話を楽しみます。

若干クラス替え時に、昨年度一年間担任した生徒たちとのつながりを強く感じることはありました。

そのような言葉をかけてくれた生徒たちもたくさんいて、少しだけ中学生の指導ってこういう楽しさなのかなぁと思いました。

でもすぐに日常に戻ると、やはり遠い存在のような気がしてしまいます。





この2点が自分の考えるこの仕事のやりがいなのだと思います。

そこで自分でも反省するというか、振り返ってみてどうなんだろうと思う点が2点あります。




まず一つが他者の評価のようなものを異常に気にする性格だという点です。

自分の中で目標を設定し、こだわりをもち、それが達成できたら満足するという部分はゼロではないのですが少し人より薄いのだと思います。

自分自身はどちらかというと、周りの教員や生徒たちに認めてもらいたい、という部分がちょっと強いのかなぁとたまに感じることがあります。

そうなると現在のような学校で現在のような学年の生徒を教えていたら、満足感は極端に低くなるのは当然ですよね。

もっともっと自分自身の中での自己評価というものを強めないといけないのかなぁと反省しています。




またもう一点が生徒とのつながりは自分自身で閉ざしてしまっている部分も大きいという点です。

業務が異常に多い現在の職場の中で時間管理と称して生徒と触れ合う時間を自分から減らしている部分はあると思います。

また中学生の身体的接触の多い絡みを自分から積極的に近づかないようにしている部分もあると思います。

彼らの中で自分自身をどのような教員キャラに設定するかもイマイチ固定ができていません。

距離感をちょっと取ってしまっているのは中学生の彼らのほうだけでなく自分にもあるのかもしれません。





現在のまま高校1年生に持ち上がり、高校3年間と教えたらまた何か違うものが見えてくるのかもしれません。

しかし、この1年半近く、仕事を楽しめていない自分がいることも実は事実です。

バラ色の仕事生活、と思った現在の学校での教員生活も、実はあまりうまくいっていません。






どうしても自分の中で限界という時が過去にありました。

その時は勇気を出して休んで、もう一度なんとか立て直してきました。



今後いつまで頑張れるか分かりませんが、まずは3年間は耐えてみようと思っています。

何より現在の職場でうまくやれる方法を考え、やりがいを感じた仕事ができるよう工夫したいと思います。


現在の職場は色々な条件でも恵まれていて、自分自身を成長させてくれる要素がたくさんある職場です。

一時的なこの症状が治まって、なんであんなことで悩んでいたんだろう、そんな風に感じられるようにまずは2学期からまた程々に頑張りたいと思います。




甘えてる、贅沢だ、など様々なことも思いました。

でも前職の教員間の人間関係での問題がたくさんあった時などよりはるかに現在の症状は深刻です。

もしかしたら自分の気が付いていない別の要素があるのかもしれません。

まずは目の前の生徒には迷惑をかけないですむようにしなければですね。
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by shun-sensei | 2015-08-22 16:00 | 学校はブラックな職場か | Trackback | Comments(0)

朝は5:50に起床。

準備をし、6:25に家を出る。

学校到着が7:00。

たまっている事務系の仕事をしながら、担任団と生徒情報の交換をする。

この時間に鳴る電話は教員が出るので、数分に一回は電話対応で時間が取られてしまう。

8:15〜教室に行き、環境整備と登校して来る生徒の様子を見る。

8:20生徒着席。いったん連絡事項や提出物を集める。

8:25生徒は朝の読書の時間。

その間に朝集めた物の一つである生活管理ノートのチェックをする。

8:30朝の打ち合わせ。

全体では職員室で、その後学年では見回り当番の先生と合流して教室前の廊下で行う。

朝の見回りは週に2回、交代で行う。

この朝の打ち合わせは、毎日5〜10件の伝達事項があり、気を抜くことはできない。

8:35朝のホームルーム。

8:40授業準備をしてから、授業の教室へ移動。

8:40〜12:30授業。

この学校では授業の合間に職員室に戻る人は少ない。

12:30〜12:55昼食指導。教室にて昼食。

12:55〜昼休み。ほぼ毎日廊下で見回り兼生徒と交流。


13:30〜道徳の授業。

14:30〜ロングホームルーム

15:30〜帰りのホームルームと掃除指導

16:00〜職員会議

17:20職員会議後に週末に行われるイベントの手伝いの先生だけで打ち合わせ

分掌プロパーの準備不足で長引く

18:00体育館を使う部活の顧問会議

18:40〜学年会

19:30学年会終了後に生徒指導の件で前日に来校された保護者に報告

早く情報のすり合わせ(生徒自身とお父さんとお母さんと一緒にいた友達で言うことが異なる)が必要だったので、急遽家庭訪問することに。

20:30生徒宅到着。

21:50家庭訪問円満に終了。

この日はそのまま直帰。



これはまぁ最大級の忙しさの日ですが、これに近い感じで毎日バタバタと仕事しています。


頑張ります!!
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by shun-sensei | 2014-04-25 23:52 | 学校はブラックな職場か | Trackback | Comments(0)