現在少しずつ進んでいる「英語で行う英語の授業」。

かなり授業スタイルが認知されるようになり、少しずつ型が見えつつあるようです。

ポイントをざっくり述べるならば


1.教師の英語使用により、生徒たちが英語をインプットする機会を与える。(しかし極力教師が話すのは最小限を目指すべきという意見も多い。)


2.「英語で行う英語の授業」と書くと主語が書かれていないが、この場合の主語は基本的に「生徒が」である。

つまり教師が英語で教科書の解説を行うのではなく、授業内の様々な活動を通じて、生徒が授業内になるべくたくさんの英語を話す、書く機会を持たせる。


ざっと述べるとこんな感じでしょうか。




さて、「オールイングリッシュ」という言い方がありますが、これが何より誤解を生みだすきっかけだと思います。


イングリッシュはオールである必要ではなく、モアくらいでいいのだと思います。

つまり教師は必要に応じて日本語の使用を行うべきだと個人的には思います。

例えば自分の場合以下の項目に関してはガンガン日本語を使うようにしています。


1.文法の説明

日本語でもりかいさせることが難しいのに、無理して英語で説明したらどうなるかは想像できるでしょう。

ただ文法の導入は英語で始めます。これについてはまた別の機会に書きたいと思います。


2.コントロールが必要な場面

指示や注意などにおいて、クラスが落ち着いていないときなどはいったん日本語を使用します。

これもまた日本語で言われても静かになるのに時間がかかるクラスの場合、まずは意味の分かる言葉で注意してから英語で言い直したりします。


3.話を深めたいとき

心情を問う場合や行間を読ませる場合など、深く考えさせたい発問はあえて日本語で行い、日本語で話し合わせたり意見を言わせたほうがきちんと深まります。

考えが深くてもそれを表現する力がなくて現在の力で言える簡単な意見を述べたのではせっかくの題材がもったいないと思います。


4.一部のフィードバック

生徒の意見や発表に対するフィードバックは原則英語で行うほうがいいと思います。

特にその意見や発表が英語の場合はその方が自然であるし、生徒になるべく多くの英語に触れる機会を持たせるべきでしょう。

しかし重大なフィードバックや初めて伝えることの場合は日本語のほうが良いケースもあります。

つまりきちんと全員にしっかりと伝えたい内容は日本語で伝える方が良いでしょう。




基本的にせっかく教室内に生まれた「英語の雰囲気」を維持できるよう、こちらも英語を使うように心がけるべきです。

例えば新しいゲームのルールなどであっても、あえて英語で説明することが多いです。

ゲームの場合、一度見本を見せたりすれば理解できるので、説明自体だけで理解させる必要がないからです。

しかし上記1~4のような場面においてはあえて日本語を使用することの方が大切になります。

それは授業ごとに異なりますし、クラスごとに、その日ごとによって変わります。

優先順位を考え、その場その場の判断が求められるでしょう。





ちなみに教員向けの研修を英語で行う日本人の講師がたまにいますが、上記3などの理由により個人的には反対です。

今まで何回かそのような研修を受けましたが、上智大学の吉田研作先生を除いては肝心の講師側の英語力が不足していて、内容があまり残らないケースが多かったです。



さて、最後に生徒の活動の最中に色々と指示を英語でされる先生がいますが、控えた方がいいでしょう。

生徒は集中して何かに取り組んでいるときに、さらに別の集中しなければいけないことが増えます。

それが日本語ならばさっと聞き取れますが、英語の指示となってしまうと生徒の集中力を大きく削いでしまうでしょう。

どうしても伝えたいことがある場合は基本的に一度作業を止めて、前を向かせてから伝えるようにしましょう。



ということで授業内の日本語使用は、全体の英語の雰囲気や流れを止めてしまうデメリットと、本当に理解させることができるというメリットを天秤にかけ、どうするかを場面場面で判断する。というかんじでしょうか。

まだまだ自分自身も迷うことがありながらの指導方法研究です。

たくさんの他人の授業を見て、自分自身の授業を振り返って、指導方法の確立を目指したいと思います。
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by shun-sensei | 2015-05-07 21:54 | 英語教育 | Trackback | Comments(0)