ふとアマゾンで見かけ、購入をして読みました。


授業の見方「主体的・対話的で深い学び」の授業改善。

改めて自分自身の授業を客観視したいという気持ちがきっかけでした。


読んでみて新たな発見のようなものはありませんでした。

しかしながら講演会や研修会などでお話しさせていただく時の視点や伝えるべきことをまとめ直すことができました。

今回はそのような視点で読んだ感想というか、自分がまとめ直した内容を記録したいと思います。


まず本書は小学校の教員、その中でも社会科が専門の方が書いた本です。

小学校の教員の後、指導主事等を長く勤められ、現在は文部科学省視学官をされています。

どうしても小学校の授業、そして社会科の授業で具体例が取り上げられるため、他教科の先生ではつながりにくい点も感じられるかもしれません。

私も一回目に読んだときはそうでした。

まぁ、社会科だとね、とか、小学校だとそうだよね、という感じです。

しかし、改めてそれを現在の自分の勤務する高校英語に置き換えた時、様々な視点が見つかりました。



まず初めに英語の授業の目的とは何でしょうか?

皆さんが英語の授業を通じて生徒にどのような力をつけさせたいと思っているでしょうか。



自分自身が昔思っていた疑問点、指導の難しさはこの本質的な理解のズレが原因だったと思います。

必要な英語力をつけさせる。

そのために目指していたのが、必要な単語を覚えさせ、英文法や英語構文を理解させること。

教科書本文で出てきた重要な語彙や重要な文法項目、構文などは必ず伝えなければいけない。

生徒が自分自身で英文の構造を見抜けることができるように指導をしなければいけない。

教科書本文を理解させなければいけない。

このような観点で授業つくりをしていました。

当然授業時数は足りず、あれもこれも説明しなければと必死でした。

当然教科書会社が書いているいわゆる指導書は常に持ち歩き、教え漏れがないように心がけていました。

英文法や構文を上手にわかりやすく教え込むことに必死になり、パワポなどのスライドを用意して板書時間などの節約も目指した時期もありました。

徐々に解説型から自分で解説プリントを読みながら答え合わせを自主的にするタイプの授業にシフトしましたが、それでも英文構造を徹底的に解説しようという姿勢は変わりませんでした。

若干新出表現を使う機会(和文英訳を用意)を設定し、定着させようという工夫をするものの、それでも教科書本文を理解させることに重点を置いた授業でした。



現在の自分の目指す授業は当時からすると180度異なる方針と言えるでしょう。


具体的な指導例も含めて、今の自分の授業について紹介します。

まず教科書本文はあくまでその単元のテーマの理解を深める一部にすぎません。

教科書はある程度現在の生徒自身の力で理解できるようなレベルの教科書を使用します。

語彙だけを取り出して活動などは高2の今は一切行いません。

一文だけを取り出して訳したり指示語の内容を問うたりもしません。

あくまで教科書を活用して、何を考えさせ、何ができるようになるか、を考えて授業を構成していきます。



例えば最近ある機会に作った授業を紹介したいと思います。

この単元ではマダガスカルにおける環境破壊を扱っています。

人々の環境破壊により、バオバブという木が切り倒され、その結果洪水などの2次被害が起きています。また、森林破壊によりそこに生息していたこの島特有の動物などが住処を失います。それでも現地の方々は生きるために環境を破壊してお金を稼ぐしかできません。そこで様々な機関が環境教育を重視し、自然を実際に守る取り組み現地の学校で行う。

大体の概要は上記の通りです。

英文は決して優しくなく、また様々な文法や構文が章末に取り上げられます。


皆さんであればこの単元を通じて何を生徒に学ばせたいでしょうか。



私はこの単元を通じて、生徒に物事を見る視点を変えると全く異なって状況が見えることを繰り返し体験させました。

初めに環境破壊をなんで止められないのか、という点に注目して読んだり考えさせたりします。

我々先進国の立場から見るとこれ以上環境破壊はするべきではない、という一種の固定化した見方があります。

しかし当然我々が過去に環境を破壊した歴史があり、その上で現在の先進国という立場を確立しました。

今必死に生きようとする人たちに理解してもらうためにはどうすればよいかを考えさせます。

動物が住処を失いかわいそうと言うが、この便利な都会に住みながら環境を変えるなという主張はどう彼らには映るのか。

彼ら自身が自分たちの意思で持続可能な生き方を納得して見つけていくことしか方法はない。

そのためには教育環境が整えられなければいけない。

我々にできること、我々が主張することができることは何だろう。

その他の環境に関する問題にも同様の問題が存在するが、日本はどのような立場を取り、どのような役割を果たしていくべきだろうか。

そのために高校生の我々にできることは何だろうか。



以上のようなことを基本的には英語で読み、聞き(観て)、話して、書かせます。

4技能を駆使しながら、伝えきれないもどかしさと闘わせながら、できる限り深く考えさせるような授業を展開します。

教科書はあくまで授業のきっかけです。

生徒は物事を見る視点の大切さを知り、相手の立場に立つことの大切さを学びます。

世界における日本という立場を考えさせられ、本当の意味で世界にどのように貢献するべきかを考えます。

結果的にですが、教科書に登場するものはもちろん、そうではない語彙などもはるかに多く定着させていきます。

sustainable developmentなどと言った語彙が授業内で乱発されるため、必然的に彼らの中で豊富な語彙が形成されます。




英語「を」学ぶのではなく、英語「で」何を学ばせるか。

生徒の関心意欲を高めるような工夫を行い、心を揺さぶりながら次々と英語を使って様々な活動を行います。

教科書本文自体の表現を使わせることもとても大切なことなのでそれを大切にしながらも、そこからはみ出すことも次々と行います。

教科書本文の定着で止まらずに、さらに視野や視点、論理性や表現力、判断力や思考力も育成していきます。

結果的に数年間指導を行うと、他校の先生方からは「おたくの生徒さんだからこのような授業ができるのでしょうね、ウチではとても無理です」と言われるような自慢の生徒が育ちます。

指導がなくてもそのような力になる生徒もいたでしょう。

指導をしているが、授業のレベルに成長がついていかず幼いままの生徒もいます。

しかし、間違いなく、他校で指導を受けていたらここまで成長しなかった、こんな生き生きと学びに向かっていなかった生徒も大勢いると手ごたえを感じています。




通常の授業のやり方とは異なるため、生徒には授業の狙い、どのような力がつくのか、それが受験にもどのように役立つのか、我々が育てたい生徒とはどのような生徒なのか、等々逐一説明します。

文法や構文などだけを取り出して行う授業も併用しています。

週に1時間だけですが、それだけでも本当の英語力をつけた生徒であれば十分に力をつけられるようです。




定期考査が共通問題で同僚問題がある、など正直難しさもあるかもしれません。

しかし、まずは自分自身の授業の視点を考え直してみてはいかがでしょうか。

この本で紹介されている様々な授業の見方、考え方、は自分自身が授業を作っているときに大切にしていることばかりです。

生徒が自ら学びに向かいたいという気持ちになり、他者との対話を通じて自分自身の考えや意見を整理し、さらに深く考えさせるような課題に取り組ませながら、生徒の人間性を高めていく授業。

教科書や知識はあくまで考え、判断し、表現するための手段として活用し、その先にある答えのない問題に立ち向かわせる。

そのような学びを目指して今後も授業作りにこだわっていきたいと思います。

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# by shun-sensei | 2017-11-04 09:23 | 英語教育 | Trackback | Comments(0)

仕事のスタンス

最近仕事上のストレスは最小限に日々過ごせています。

その大きな理由は自分の守備範囲を狭めているからだと思います。

本校は実はここ数年大幅な教員の入れ替えと様々な改革が進行中です。

自分も初めの頃はその改革にかなりかかわっていたのですが、最近は距離を置くようにしています。

そして目の前の高2の生徒のことだけを考え、その範囲の中で仕事を行うようにしています。

そうすると、聞こえてくる様々な対立やいら立ちはあっても、不思議と完全なる平和な毎日に変わりました。

これまでいかに学校全体のこと、学校の未来のことまで考えていたんだろうと逆に今のような立場になると思います。

しかし、これがある意味とても居心地が良く、また何より目の前の生徒に集中ができてとてもやりやすいです。

熱意がなくなったわけではありません。一種の諦めというものに近いのかもしれません。

いったん自分の考える好転に向かっていた矢先、トップが変わりすべて振り出しに戻る経験が自分を変えたのだと思います。

初めのうちはもがき、戦おうとした時期もありましたが、それが現在のように落ち着きました。

一つひとつ目の前の仕事をこなし、目の前の自分が担当する学年の生徒に理想的な教育環境を整える。

それだけで精一杯という状況です。



前任校でのことを改めて思いだす機会もありました。

本当に色々なことをやっていたなぁとしみじみと思い出しました。

長年行っていた手作りのキャリア教育の講演会を自分が廃止に追い込みました。

費用対効果等を考え、業者の効率的な利用に変更をしたのですが、あれを聞いた一部の先生方は本当にさみしかったでしょうね。

模擬試験の校内実施回数を増やし、英検を校内実施しました。

夏期講習や冬期講習など、あまり盛んではなかったものをどんどん推進しました。

それ以外にも本当に4年間で色々な人と対立しながら色々とかき回したなと思います。

そんな前任校の記念誌に寄稿しましたが、その記事についても色々後から訂正依頼が来て、都立の頃の気持ちを思い出しました。

結局次々と面白かった部分が書き換えられ、出来上がった文章はただのつまらない報告のようなものに・・・都立高校の頃感じたいら立ちを思い出す機会になりました。



最近思うのが、都立高校等で定められているルールの数々と現実の乖離。

例えば生徒とメールアドレス等を交換することは禁止されています。

一部の不適格教員が原因で定められたルールですが、ほとんどの部活動の顧問はこのことを守っていません。

部活動の連絡に生徒とのメール交換は不可欠です。

細かい相談、練習メニュー、天気等により直前に連絡をする必要性など、今時メールなしで生徒と細かい連絡を取ることは不可能です。

部活動の連絡網を作成しと言われ、作成したところで多くの家庭が固定電話がなく、保護者の活動時間も様々なため機能しません。

しかし、上からは携帯で生徒と個別に連絡をとることは禁止行為とされています。

やむを得ず送る場合は事前に管理職の許可を取り、管理職にもその文面を送ることが義務付けられています。

私も都立高校時代はこのルールは破っていました。

生徒とスタメンを相談したり、各試合の反省を送らせたり、現代の状況に合った方法で部活動の仕事の負担を最小限にしていました。

担任としてもクラスへの連絡事項用にクラスライングループを使用すると、とても便利です。

時代の流れを無視した、何か事故があった時に自分たちを守るための非現実的なルールは多数存在しました。




現在の仕事に向かうスタンスは自分ではちょうどよいバランスかなと思います。

困った状況や困った人がいればいつでも補助で入る余裕があります。

問題がなければ早く帰って家族と過ごします。

都立の頃から比べると1.5倍くらいの仕事量でしょうか。

普通の都立高校の一般的な先生の仕事量と比べると3倍くらいでしょうか。

本校の中では一般的な仕事量かと思いますが、要所要所で自分で考え動けるからか管理職からはいつも一定の評価をいただいています。




学校外の仕事もある程度いただけています。

その準備など大変な面もありますが、自分自身楽しんで行っていることなので文句は言えません。

もっともっと活躍の場面を増やして、大きな仕事を依頼されるよう今後も頑張りたいと思います。

皆さん可能な限りゆっくりとお過ごしください。

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# by shun-sensei | 2017-10-28 15:36 | 中高一貫校職場関係 | Trackback | Comments(0)

前回紹介したピアッツァビューに引き続きハーバービューの予約を押さえることができました。

ちなみに今回は自分で予約を取りましたが(前回は特別なルートでした)、意外にキャンセルが続出するものなんですね。

思い立ったのが宿泊二ヶ月前くらい。

この段階でトスカーナビューをまず押さえました。

しかしマメに公式サイトを見ているとこれがヴェネツィアビュー、ハーバーピアッツァビュー、ハーバービューとどんどんキャンセル拾いができました。

いかにみなさんとりあえず押さえているんだなぁと思わされたり、旅行会社やバケーションパッケージようなのかなぁと思ったり。

さてここまではサイトでどうにかなりましたが、この時はここからは電話でしか予約ができませんでした。(今は違いますね)

ひたすら電話をかけ断られる日々を繰り返していると、ある時前回と同じテラスルームピアッツァビューが押さえられました。

友達には内緒で行っていたため涙が出るほど嬉しかったです。

そしてその後もしばらくかけ続けました。

1日10回くらいでしょうか。

仕事の休憩時間開始時、途中、終わりなど、とにかくかけまくる日々。

この時ほど学校が休憩を1日2回に分けてくれていることを感謝したことはなかったです。

そしてある日の勤務時間後、ついにテラスルームハーバービューが予約できました。

信じられない気持ちと、さらにハーバーグランドビューへの欲が出たのもののこのあとは予約はできず、本日はハーバービューの報告をしたいと思います。
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ハーバービューは遮るものもなく、さらに景色は素晴らしい。
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出来れば花火の見える側をと思っていましたが、前回の部屋の並びの部屋。

前回以上に隣が丸見えです。

さて今回は改装後だったのでインテリアなどに変更がありました。
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少し豪華になった感じですね。

前回撮っていないバスルームなど。
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テラスルームのお風呂にはジェットバスが付いています。
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お茶などはこの時は通常の部屋と変わらず。
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ショーも遮るものがなく贅沢です。

ビールのおつまみに最適。
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この年は念願のテラスで朝食を。

気持ち良かったです。

鳥とは戦いました。

さて運次第ですが、公開前のショーの練習風景が見られることも。
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数回の練習後には実際の衣装で通しのリハーサルが行われていました。

めっちゃ得した気分でした。

シェフミッキーを含めたレストランの優先予約など、本当に泊まるたびにハマっていきます。

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# by shun-sensei | 2017-10-21 10:24 | ディスニーやディズニーホテル | Trackback | Comments(0)

仕事内容の優先順位

多忙を極める中で、仕事のできる教員とそうでない教員にはどのような違いがあるのでしょうか。

授業準備等に関して、教科間の差は必ず存在すると思います。

自分の経験上授業準備自体に比較的余裕があるのが数学と社会でしょうか。



数学はコツをつかみ経験を積むと授業準備がほぼなくてもかなり良い授業ができている先生もいます。

もちろんそれ以上にこだわり抜き、毎年授業準備をさらに綿密に行うことも大切なのでしょうが、実際にはそうではなくとも生徒からの評判も良く教員が見ても素晴らしいものの準備時間はほぼゼロという先生を何人か見てきました。

その分質問の対応時間や提出された課題を山積みにされていることが多いのが数学科の先生の私の勝手な印象です。



社会は歴史系や地理系などは常に教材の使いまわしというかブラッシュアップが可能なため、教材準備を効率良くされている方が多いと思います。

しかしながら社会の先生方は生徒からの提出物をじっくり見て丁寧なコメントをされたり、常により良い授業つくりに向けて研鑽されている先生が多い印象です。



そんな中英語はというと、肝心の英文自体が常に変化するのでいつも授業準備は一から行う感覚が強いです。

実際そのことをもって「英語科は教材研究が大変だから、分掌の仕事は無理、他教科の先生たちでやるべき」とおっしゃる先生は前任校には多数いらっしゃいました。



それぞれの教科を担当したことがある経験から思うのが、その先生の言葉は一部正しいですが、基本は間違っています。

また、ほとんどすべての数学と社会の先生は、英語科教員の「教材研究が大変だから」という言葉に反発をされます。

数学も、社会も、教材研究は常に行っていて大変だ、変わらない、と。



実際は「数学と社会の授業は手を抜こうと思えばいくらでも抜ける。毎年同じ授業を行っても授業が成立するから。でも実際にそんな先生は一部であり、ほとんどの先生が常に教材研究を行い、毎年授業をブラッシュアップされている」なのだと思います。

逆に英語に関しては、「サボって楽をしようと思っても、英文自体が変わるので、最低限教材研究が義務付けられるのが英語である。」という風に、最低ラインが他教科よりは高めということだと思います。



どちらの教科であっても上限は無限大のため、いくらでも授業にはこだわることができます。

しかし最低ライン、準備の下限は確かに英語は他教科よりも少し高いのかもしれません。






教員の仕事は常に計画的に優先順位をつけて行う必要があります。

授業の空き時間や放課後の時間をどのように活用して仕事をこなしていくかはまさにタイムマネジメントが求められる課題でしょう。

目の前の仕事に追われるばかりでは常に生徒対応等に追われ、会議や部活動の指導も含めると実質エンドレスな仕事量を遅い時間までこなすことになってしまいます。



GWや夏休み、冬休みなどの時期は授業がない分早い帰宅が期待できますが、そこでまたのんびりして学期が始まるとまた自転車操業という先生もよく見受けられます。

同様でテスト期間中や土曜日など比較的時間がある時期に同様にここぞとばかりにのんびりして、後日また忙しさに追われている先生も見受けられます。



目の前のやらなければいけないこと、にばかり追われていては良質の仕事はできません。

すぐにやらなければいけない訳ではないが、やったほうが良い様々な仕事をなるべく多く行うことで常に仕事の貯金のようなものを作っていけるかはとても大切なことかと思います。

目の前の仕事に忙殺されている先生は


1.長期的なスパンで計画的な仕事の実践
2.仕事の効率化


などに取り組まれることが大切なのかもしれません。

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# by shun-sensei | 2017-10-14 09:52 | 中高一貫校職場関係 | Trackback | Comments(0)

前回に引き続き、駿台予備校の武富先生による一橋大入試問題研究会の報告をしたいと思います。


まずは英作文から。

一橋大学の自由英作文はここ数年かなり変更が多いです。

2000年ころから120~150語の本格的な自由英作文を課していて、かなり難しいテーマを出していたころもありました。

3問から選択なので、受験生は難しいテーマを避けて書けばいいだけなのですが、大学側の求める力の一つの目安としてやはり出題が印象的でした。

しかし準備された答案に当てはめられるのを嫌うのが東大と一橋大であり、どちらも準備した英文を書くのは不可能な出題となっている。

一橋大は昨年は絵を見てそれを描写するというもの。

評価は内容面に関してはおそらく行われておらず、あくまで英語表現面での評価だろう。

今年度はさらに特殊な出題で、しかも手紙を書くという形式。

受験生が一番選んだのが1のテーマで、3のテーマがそれに続きます。


はっきりと武富先生は「もうお手上げ」とおっしゃっていました。

一瞬その言葉の意味を理解できなかったのですが、先生はおそらく事前に準備をするような指導をイメージされているようで、それに関して「もうお手上げ」とのことのようでした。

センテンス単位でのインプットを行うトレーニングが必要とのことで、外大の要約パターンや東大が2016年に出題した続きを書かせるパターンを紹介されていました。

議論型から創作型へ明らかにシフトしているので、できる指導は限られてくるのかもしれません。



最後にリスニングです。

恥ずかしながらなかなかリスニング問題まで研究はできていませんでしたが、今回音声のイメージを聞かせていただけました。

まず一橋大のリスニングはディクテーションに近いのが特徴です。

3問の出題に対して3回も英文は読まれるので、いかに聞き取ってそれを書けるかが勝負のよう。

スピードはかなりゆっくりで、本校の生徒ならかなり高得点が取れるだろうなと思いました。

なお、今春はちょっとしたミスが大学側からあり、少し貴重なものが見えたようです。

とても参考になる情報をいただけました。

なお、ディクテーションに近いので、リスニング力だけでなく、スペルや文法力も見ているのでしょう。

大問と大問の間は1分程度の間があるので、そこで答案を完成させる必要性があります。

なお、聞くだけが通用するのはセンターレベルであり、この大学のレベルになると、聞きながらあれこれを行うような力が大切とのこと。

センター第4問Bをアレンジすると良い練習問題が作れるとのことでした。




さて、ライティングに関しては指導の根本的な考え方の違いを実感させられました。

短期で結果を出すために、出される表現を準備するような対策を考える予備校に対して、学校ではやはりどんな場面であってもどんな内容でも英語で書ける力の養成を目指します。

そんな学校からすると近年の一橋大の英作文の出題は取り組みやすいと思います。

日常で生徒が出会うであろう英作文を出題してくれていて、とても指導がしやすいなと思いました。



またリスニングはあまり感心しない出題方式です。

実際の場面で求められるよりもはるかに細かいところにこだわった出題も多いですし、なによりも同じ音声を3回も聞くという場面は中々実際にはないと思います。

ライティングに引き続きリスニングもよりauthenticな出題に近づくことを願っております。



ここ2年、かなり取り組みやすくなった一橋大英語。

この流れを是非続けてさらに推進して欲しいと思います。

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# by shun-sensei | 2017-10-07 08:53 | 英語教育 | Trackback | Comments(0)