2017年 06月 24日
全てのイタズラは世界を知るため色々と迷いながら小さな友達の成長を楽しんでいます。
色々な専門家の意見も調べたり、先輩方に相談したりしながらも、結局は自分の感性で行うしかないのが子育てなのかもしれません。
あとで振り返れるように遅くなってしまいましたが記録を残したいと思います。
さて、我々の方針ですが、転ぶ前に手を差し伸べるのではなく、転ばせるような方針です。
元々の性格もあると思いますが、よく転び泣かない子に育っています。
何にでも興味関心があり、ダメと言われるとやりたくなる子です。
色々な不可解な行動にも全て彼なりの意味があるのでしょう。
最近はコップの水をジャーっとこぼすのが楽しいようです。
後片付けは大変ですが、まぁ拭けばどうにかなるのでやらせています。
このような方針も、保育園などに預けずに自宅で育てているからできるのでしょう。
困るのが公園などで他の家のお子さんと触れ合う時です。
現在彼は自分の物という意識、自分の縄張り意識のようなものがMAX状態です。
食べ物も独占したがり、自分のオモチャを他人に触らせたくありません。
それは時には我々に向くこともあります。
さて、このような場面でどうするべきなのでしょうか?
私は彼がまだまだ言葉が通じないため、ここでしつけをしたところで彼には理解できないストレスにしかならない気がしてしまい、その場はしつけというより場所を変えたりするようにしています。
言葉が通じ、言われたことが理解できて初めてしつけが開始するのではないかなと職業上どうしても思ってしまいます。
この方針ももしかしたら将来困るかもしれません。
しつけのタイミングを逃し、我慢のできない子に育ってしまうかもしれません。
しかし、やはりきちんと自分で考える子に育てたいとどうしても思ってしまいます。
一緒に歩いているとあれこれと興味を示すため、ほとんど進みません。
それに気長に付き合えるのは、我々に時間の余裕があるから。
急いでいる時、余裕のないときは、彼の行動を有無を言わず制限し、イライラしながら対応してしまいます。
そう考えると、我々の考え方、育てたい子ども像を考えるとやはり余裕のある方針を選んだのは正解だったかもしれません。
教員を目指す勉強をしていたとき、教育心理の講義で聞いた話がとても印象に残っています。
子どもが行う行動全てに意味がある。
物を投げることで重力を知る。
物を落として割ることで力を知る。
その先生は当時小さなお子様を育てていらっしゃって、何をしても危険さえなければ止めなかったそうです。
繰り返しますが何が正解かなんて分かりません。
正解なんてないのだと思います。
自分と友達の遺伝子を引き継いだ小さな友達が我々の方針のもと育てられる。
彼が未来取る行動の責任は本当に我々自身にあるんだなと強く実感します。
おそらくですが、学校に呼び出される回数はとても多い子に育つと思われます。
先生に対しては本当に迷惑をかける子どもになるでしょう。
それでも小さく縮こまったり、言いたいことを言わなかったり、自分で考えず周りに合わせるような子どもには育って欲しくありません。
5年後、10年後どのような気持ちでこの記事を読むことになるか分かりませんが、記録として現状を残しておきたいと思います。