仕事内容の優先順位

多忙を極める中で、仕事のできる教員とそうでない教員にはどのような違いがあるのでしょうか。

授業準備等に関して、教科間の差は必ず存在すると思います。

自分の経験上授業準備自体に比較的余裕があるのが数学と社会でしょうか。



数学はコツをつかみ経験を積むと授業準備がほぼなくてもかなり良い授業ができている先生もいます。

もちろんそれ以上にこだわり抜き、毎年授業準備をさらに綿密に行うことも大切なのでしょうが、実際にはそうではなくとも生徒からの評判も良く教員が見ても素晴らしいものの準備時間はほぼゼロという先生を何人か見てきました。

その分質問の対応時間や提出された課題を山積みにされていることが多いのが数学科の先生の私の勝手な印象です。



社会は歴史系や地理系などは常に教材の使いまわしというかブラッシュアップが可能なため、教材準備を効率良くされている方が多いと思います。

しかしながら社会の先生方は生徒からの提出物をじっくり見て丁寧なコメントをされたり、常により良い授業つくりに向けて研鑽されている先生が多い印象です。



そんな中英語はというと、肝心の英文自体が常に変化するのでいつも授業準備は一から行う感覚が強いです。

実際そのことをもって「英語科は教材研究が大変だから、分掌の仕事は無理、他教科の先生たちでやるべき」とおっしゃる先生は前任校には多数いらっしゃいました。



それぞれの教科を担当したことがある経験から思うのが、その先生の言葉は一部正しいですが、基本は間違っています。

また、ほとんどすべての数学と社会の先生は、英語科教員の「教材研究が大変だから」という言葉に反発をされます。

数学も、社会も、教材研究は常に行っていて大変だ、変わらない、と。



実際は「数学と社会の授業は手を抜こうと思えばいくらでも抜ける。毎年同じ授業を行っても授業が成立するから。でも実際にそんな先生は一部であり、ほとんどの先生が常に教材研究を行い、毎年授業をブラッシュアップされている」なのだと思います。

逆に英語に関しては、「サボって楽をしようと思っても、英文自体が変わるので、最低限教材研究が義務付けられるのが英語である。」という風に、最低ラインが他教科よりは高めということだと思います。



どちらの教科であっても上限は無限大のため、いくらでも授業にはこだわることができます。

しかし最低ライン、準備の下限は確かに英語は他教科よりも少し高いのかもしれません。






教員の仕事は常に計画的に優先順位をつけて行う必要があります。

授業の空き時間や放課後の時間をどのように活用して仕事をこなしていくかはまさにタイムマネジメントが求められる課題でしょう。

目の前の仕事に追われるばかりでは常に生徒対応等に追われ、会議や部活動の指導も含めると実質エンドレスな仕事量を遅い時間までこなすことになってしまいます。



GWや夏休み、冬休みなどの時期は授業がない分早い帰宅が期待できますが、そこでまたのんびりして学期が始まるとまた自転車操業という先生もよく見受けられます。

同様でテスト期間中や土曜日など比較的時間がある時期に同様にここぞとばかりにのんびりして、後日また忙しさに追われている先生も見受けられます。



目の前のやらなければいけないこと、にばかり追われていては良質の仕事はできません。

すぐにやらなければいけない訳ではないが、やったほうが良い様々な仕事をなるべく多く行うことで常に仕事の貯金のようなものを作っていけるかはとても大切なことかと思います。

目の前の仕事に忙殺されている先生は


1.長期的なスパンで計画的な仕事の実践
2.仕事の効率化


などに取り組まれることが大切なのかもしれません。

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by shun-sensei | 2017-10-14 09:52 | 中高一貫校職場関係 | Trackback | Comments(0)